荒海や

yo1

2012年05月23日 17:35

1689年。

時は元禄、弥生も押し迫った27日。

弟子「曾良」を伴い江戸深川の採荼庵を船にて出立した「芭蕉」は、降り立った千住で矢立始めの句を詠んだ。

♪そそらそらそら、ウサギのダンス♪と弟子「曾良」にダジャレを言ったかは、・・・知らない。

史実、残っているのは

「行く春や 鳥啼(なき)魚の目は泪」

まさか、歩き始めた途端足の裏の「魚の目」が痛みだし、泣きっ面にハチ状態、別れを惜しむ泪が苦痛の所作故とは言えまいに。

嘘です。

芭蕉45歳俳聖への道、「奥の細道紀行」の始まりである。

全行程、2400キロ、おおよそ150日の旅の終わりは、美濃大垣であった。

伊賀出身の彼が、桑名から伊勢遷宮へと向かう句が結びとなる。

「蛤(はまぐり)の ふたみにわかれ行く 秋ぞ」

昨日、上州へ向かった。

越後筒石親不知、山椒大夫哀歌の末の結詠は、遠く義経主従の盛衰の足跡でもある。

その崖を懸架のトンネルが難工事の末かけられた。



市振という集落がある。

当時は、険峻にそそり立つ崖と荒れ狂う波頭を避けながらの難所だったに違いない。

1句

「一家(ひとつや)に 遊女もねたり 萩と月」

寝息、ため息、桃色吐息、あぁ^~^、屁の音も聴こえたんだろうな~。

車はひた走る。

「♪米山さんから雲が出た♪」と謳われる民謡「三階節」のPAに早い昼食で立ち寄る。



しゃけごはんと岩のり醤油ラーメン¥640、いただきま~す。

ブログネタ、ブログネタ



肉眼では、うっすらと佐渡が目視できるのだが…。

ズームアップ!



島影が映像上映るのだろうか?

7月4日、芭蕉一行は越後出雲崎に立ち寄る。

夜半、蒼茫の海原快晴にして波高し、天上は満天のミルキーウェイ。

イェ~~~イ、ロマンチックじゃありませんか!

1句

「荒海や 佐渡によこたふ 天の河」

男海に女空、仲を取り持つサド侯爵。

エロに考えるのは、考えすぎか・・・。

・・・お土産買ってきました。

メダカです。

「だるま」君と言います。



2匹で、¥2.500します。

でもインターネットで1匹¥3500します。

昨年も買いせっかく育てたのに冬越し失敗、死なせました。

再度挑戦します。(赤い矢印)














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