2012年05月26日
未草(ひつじぐさ)
我が家の未草が、1昨日から咲き始めました。

咲き始めるのは、11時過ぎから夕方の4時ごろまでです。
それ以外はは、固く蕾を閉ざしたままです。

未の刻(午後2時)頃に花を咲かせることから、ヒツジグサと名付けられたといわれるそうです。
これを、時代劇風に言うならば、朝4つ 巳3つの刻から咲はじめ、昼8つ 未4つの刻までにつぼむと言うことなのでしょうか?
時代劇小説を読んでいて、実はこの時刻がよくよくわからないことがある。
でっ、この際調べようと思いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時代劇、刻限早見表
暁9つ 子の刻 0時ごろ
暁8つ 丑の刻 2時ごろ
暁7つ 寅の刻 4時ごろ
明6つ 卯の刻 6時ごろ
朝5つ 辰の刻 8時ごろ
朝4つ 巳の刻 10時ごろ
昼9つ 午の刻 12時ごろ
昼8つ 未の刻 14時ごろ
昼7つ 申の刻 16時ごろ
暮6つ 酉の刻 18時ごろ
夜5つ 戌の刻 20時ごろ
夜4つ 亥の刻 22時ごろ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上ですが、少し説明が要ります。
「草木も眠る、丑三つ時」って何時?
上の早見表には書いてありませんが、正刻と言って(早見表の刻限例:暁8つ 丑の刻 2時ごろ)に対して前後1時間をそれぞれ30分ごとに区切って1つ、2つ(ここまで1時間前、30分前)3つ、4つ(正刻から30分後、1時間後)と言う風に表しました。
江戸時代の、時間の単位は2時間一区切りで、12干支が割り振られています。
残念ながら、干支会議に間に合わなかったネコは入っていません。
時間が進み増えるのに、数が減るという疑問。
中国の陰陽の考え方では9を特別な数として扱い、もっとも縁起の良い数と考えられていた。このことから9を2倍(9 × 2 = 18)、3倍(9 × 3 = 27)、4倍(9 × 4 = 36)…と増やしていって、その下一桁をとると9、8、7、6…となり、減っているように見えるのである。9の倍数分だけ鐘を鳴らそうとすると最大で54回も鳴らすことになるため、十の桁を省略した。
室町時代後半から、時刻を時鐘の数で呼ぶようになったそうです。
この習慣は、1873年(明治6年)1月1日、太陽暦の導入と同時に西洋式の時法が導入された事により消滅しました。
しかし、「未草」のようにこの習慣から残った言葉もあるのですよ。
午前、午後は、昼9つ 午の刻 12時ごろを基点に言う言葉です。
午後2時から3時ごろに仕事の手を休めてとる休憩時に軽食をとる習慣が江戸時代から始まりました。
この時間がおおよそ昼8つ、つまり「八つ時(やつどき)」であったことから、午後3時ごろに食べる間食を指す「おやつ」という言葉が生まれたそうです。
さらに、うんちくを重ねると・・・。
有名な落語の演題である「時そば」があります。
「今何時(なんどき)だい?」
「九つで」の応答を期待していたところ、「四つで」と答えられ、代金のごまかしに失敗するという落ちです。
「九つ」と「四つ」が隣合わせであることが承知されていないと、面白さは半減ですよね。
「暮れ六つ」・「酉の刻」は古神道(こしんとう)に代表される民間信仰などの、宗教的な意味合いを持つ時刻の表現として、逢魔時(おうまがとき)といいそうです。
大禍時(おおまがとき)・逢う魔が時(おうまがとき)・逢う魔時(おうまどき)ともいい、黄昏時(たそがれどき)のことです。
黄昏時は黄が太陽を表し、昏が暗いを意味する言葉です。
「たそがれどき」は「誰彼時」とも表記し、「誰そ、彼」、つまり「そこにいる彼は誰だろう」。
≪反対に明け方に使う言葉で「彼(方)誰時」と書き「かわたれ」という表現もあります。≫
良く分からない」といった薄暗い夕暮れの事象をそのまま言葉にしたものであり、本来の夕暮れを表す漢字の「黄昏」にこの「たそがれ」を読みとして合わせたのである。
丑三つ時(うしみつどき)も神域や常世(とこよ)へ誘う端境をであると考えられ、古くは平安時代に呪術としての「丑の刻参り」が行われ、「草木も眠る丑三つ刻」といえば講談や落語の怪談の枕として使われる常套文句でもります。
このあたりが、すっきりしませんでしたが「すっきり」。
今読んでいる、時代劇小説が「すっきり」
次回は「ゆんで、めで」

咲き始めるのは、11時過ぎから夕方の4時ごろまでです。
それ以外はは、固く蕾を閉ざしたままです。

未の刻(午後2時)頃に花を咲かせることから、ヒツジグサと名付けられたといわれるそうです。
これを、時代劇風に言うならば、朝4つ 巳3つの刻から咲はじめ、昼8つ 未4つの刻までにつぼむと言うことなのでしょうか?
時代劇小説を読んでいて、実はこの時刻がよくよくわからないことがある。
でっ、この際調べようと思いました。
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時代劇、刻限早見表
暁9つ 子の刻 0時ごろ
暁8つ 丑の刻 2時ごろ
暁7つ 寅の刻 4時ごろ
明6つ 卯の刻 6時ごろ
朝5つ 辰の刻 8時ごろ
朝4つ 巳の刻 10時ごろ
昼9つ 午の刻 12時ごろ
昼8つ 未の刻 14時ごろ
昼7つ 申の刻 16時ごろ
暮6つ 酉の刻 18時ごろ
夜5つ 戌の刻 20時ごろ
夜4つ 亥の刻 22時ごろ
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以上ですが、少し説明が要ります。
「草木も眠る、丑三つ時」って何時?
上の早見表には書いてありませんが、正刻と言って(早見表の刻限例:暁8つ 丑の刻 2時ごろ)に対して前後1時間をそれぞれ30分ごとに区切って1つ、2つ(ここまで1時間前、30分前)3つ、4つ(正刻から30分後、1時間後)と言う風に表しました。
江戸時代の、時間の単位は2時間一区切りで、12干支が割り振られています。
残念ながら、干支会議に間に合わなかったネコは入っていません。
時間が進み増えるのに、数が減るという疑問。
中国の陰陽の考え方では9を特別な数として扱い、もっとも縁起の良い数と考えられていた。このことから9を2倍(9 × 2 = 18)、3倍(9 × 3 = 27)、4倍(9 × 4 = 36)…と増やしていって、その下一桁をとると9、8、7、6…となり、減っているように見えるのである。9の倍数分だけ鐘を鳴らそうとすると最大で54回も鳴らすことになるため、十の桁を省略した。
室町時代後半から、時刻を時鐘の数で呼ぶようになったそうです。
この習慣は、1873年(明治6年)1月1日、太陽暦の導入と同時に西洋式の時法が導入された事により消滅しました。
しかし、「未草」のようにこの習慣から残った言葉もあるのですよ。
午前、午後は、昼9つ 午の刻 12時ごろを基点に言う言葉です。
午後2時から3時ごろに仕事の手を休めてとる休憩時に軽食をとる習慣が江戸時代から始まりました。
この時間がおおよそ昼8つ、つまり「八つ時(やつどき)」であったことから、午後3時ごろに食べる間食を指す「おやつ」という言葉が生まれたそうです。
さらに、うんちくを重ねると・・・。
有名な落語の演題である「時そば」があります。
「今何時(なんどき)だい?」
「九つで」の応答を期待していたところ、「四つで」と答えられ、代金のごまかしに失敗するという落ちです。
「九つ」と「四つ」が隣合わせであることが承知されていないと、面白さは半減ですよね。
「暮れ六つ」・「酉の刻」は古神道(こしんとう)に代表される民間信仰などの、宗教的な意味合いを持つ時刻の表現として、逢魔時(おうまがとき)といいそうです。
大禍時(おおまがとき)・逢う魔が時(おうまがとき)・逢う魔時(おうまどき)ともいい、黄昏時(たそがれどき)のことです。
黄昏時は黄が太陽を表し、昏が暗いを意味する言葉です。
「たそがれどき」は「誰彼時」とも表記し、「誰そ、彼」、つまり「そこにいる彼は誰だろう」。
≪反対に明け方に使う言葉で「彼(方)誰時」と書き「かわたれ」という表現もあります。≫
良く分からない」といった薄暗い夕暮れの事象をそのまま言葉にしたものであり、本来の夕暮れを表す漢字の「黄昏」にこの「たそがれ」を読みとして合わせたのである。
丑三つ時(うしみつどき)も神域や常世(とこよ)へ誘う端境をであると考えられ、古くは平安時代に呪術としての「丑の刻参り」が行われ、「草木も眠る丑三つ刻」といえば講談や落語の怪談の枕として使われる常套文句でもります。
このあたりが、すっきりしませんでしたが「すっきり」。
今読んでいる、時代劇小説が「すっきり」
次回は「ゆんで、めで」
Posted by yo1 at 17:11│Comments(0)
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