2017年05月30日
風と波と渟名玉のため息と
800日以上放置していたブログ。
そろそろということでしょうね?
下書き状態ですが、完成形へ向けて・・・。
状態を確かめながら・・・。
射干玉(ぬばたま)の闇がどこまでも拡がっていました。
降る雨は邑全体をすっぽりと濡らし、風に乗った潮騒が静寂のの帳を破る夜でした。
タンタンシューットントン、タンタンシューットントン。
刀杼(とうじょ)と呼ばれる織込み箆で織目を締める音。
貫(ぬき)で、上糸と下糸の間に緯糸を通す音。
繰り返される布打ちの音・・・。
兄である意富入来(おおいりき)の為に織っている薄衣の機音(はたおと)と、真脇の海で獲れた海豚(いるか)の灯し油を吸った灯芯草の髄が、焦げて音を立てる音だけが、人の営みを気づかせる夜です。
ジジッジジジジ、ジジッジジジジ。
今宵の能登の邑智の里は、重い湿り気が立ち込めています。
重い雨の帳の中に音無き音となって、四十万の静寂に吸い込まれていきます。
私の名は渟名(ぬな)。
渟名とは、大王(おおきみ・ミマキイリビコ)である父が、私に与えた斎名(いみな・産れた時につける聖なる名)。
渟名とは、川に遊ぶ蒼の羽根を持つしょうびんという鳥の名前であり、神聖な魂が宿るという玉(ぎょく)の意味でもあるのでしょうか?
父の名は、ハツクニシラス・ミマキイリビコ(初めて国を治めた、纒の地のより日沈む処の男)
遠くない昔、大王の将軍たちが、都とこの地能登への道をつなぎました。
兄 意富入杵(おおいりき)は、大王に命じられ国造(王権の派遣・任命する直轄行政官)として能登に赴きました。
失意と焦燥の中にあった私は兄に連れられ、この静かな潟湖が拡がり海へとつながる畔の邑へとたどり着いたのです。
しかしこの地は、未だ人も心もさだまらぬ地で兄の苦労は絶えません。
兄は今も、いまだ祖神天之日神に祭ろわぬ者たちを追って深い森へと分け入っています。
兄の無事を、祈らずにはいられません。
もう直ぐ夏がやって来ます。
兄のために、夏衣を織ってさし上げねばなりません。
空蝉のように透明で、陽炎のように浮き立つ軽い布で・・・。
それは幣(ぬさ)のように清らかでなければいけません。
ひと織りひと織りに、身魂を込め織っていきます。
身魂を織り重ねる事でしか、あの祭ろわぬ者たちの魂(たま)を防げません。
タンタンシューットントン・タンタンシューットントン・・・。
規則正しい音は、「音魂」を招き寄せます。
音魂が震えとなり、祖神(おやかみ)の世界と魂(たま)の橋を架けるのです。
一心に織り祈る時、現(うつつ)という世界は遠ざかり、忘我の縁が意識の中に現れます。
祖神の世界と私の身魂がつながった時、織り込む布の中に祖神の「魂言力(たまことのちから)」が宿るのです。
私の身霊は昊(そら)に浮いています。
機織りをする私自身を見下ろしています。
やがてその姿も現(うつつ)とともに、翳んでいきます。
私はふわりと、揺蕩(たゆた)うように宙へ舞いあがります。
何も感じず何も思わない昊、私すらない昊(そら)へとひたすら昇っていきます。
無数の星のようなものが煌めき、ひときわ輝いて見える輝きの門が見えます。
私は、私を離れたのです。
一心に機を織り続ける私を後に、私の魂(たま)は昊(そら)へと翔けていきます。
ただ闇の中に光り輝く祖神・天之日神の座(いま)す門へと・・・。
(何かがやってくる・・・。)
ふと、私の身魂が揺らぎました。
さざ波のように、あるいは無数の粒のような波紋が私を包み、私を不安にさせます。
身に着けた渟名玉(勾玉)が、玉響(たまゆら・勾玉が触れ合う音)を発しました。
「チリーン、チリーン」
振り返る私の魂に邑の家々が、次々と燃えていく様が映りました。
闇と焔の間(まみま)に黒い影が、踊るように見え隠れします。
衛視は?いつも私の世話をしてくれる加那は?・・・、
地面に長々と横たわる人影が,七つ八つ・・・。
衛視たちの骸しょうか?
兄意富入杵は、まだ遠くです。
嗚呼、人々が逃げまどっています。
黒い影の者たちは、見知った邑の人々を襲っています。
霧のようなものが、黒い影たちを取り巻きうねっています。
あの地を這うような霧を、見たことがあります。
深く心に刻まれた、私の忌まわしげな記憶の中です。
大王が座(いま)す都、磯城瑞籬宮(シキノミズカキノミヤ)でのことでした。
ハツクニシラス(初めて国を治めた)と呼ばれた我が大王は、都からの四方に軍を遣わし多くの国々を従えていきました。
従えた国々の神々たちは、その地の国魂として座していました。
その国魂を斎祀(いつきまつ)らう場所の多くは、遠い遠い昔から大いなる力とつながる場所です。
私には”その場所”が、どのような場所かがわかります。
私の渟名玉(勾玉)は、その場所の揺らぎや響きと共に啼くのです。
チリ~ン・チリ~~ン。
玉響(たまゆら・勾玉が触れ合う音)を、発するのです。
この国の人々は、気の遠くなるような昔から”その場所”を体で感じました。
地の底から湧き出るもの、昊(そら)から降り注ぐものが集まり、大いなる力とつながる場所。
“その場所”とは、そのようなところなのです。
そして“その場所”とは、神が天降ることの出来る場所なのです。
そして”その場所”の揺らぎや響きを渟名玉(勾玉)が、玉響となって移し取り、その身を護ることをこの国の人々は知っていたのです。
大王は、“その場所”に、次々と祖神天之日神を祀らせました。
そして、祀らわれる場所を失った国魂達を鎮めるために、都の御所内に斎の宮をおき祖神天之日神と共に祀りました。
やがて都や国内(くにうち)に異変が続きました。
天之日神がお隠れになり、河が決壊し、地が水浸しになり、百穀が実らず多くの民が疫病に倒れ離反していきました。
大王は占問いを行いました。
降(くだ)された宇気比とは、大王の斎きの社へと次々と祀られていく国魂神と氏族の祖神の「魂言力(たまことのちから)」が崩れおち、鎮めていた禍津日(マガツ日・災厄)や祟(たた)りが漏れ出したことを伝えるものでした。
チリーン。
何度も玉響が、私の身魂への警告を発します。
宙に浮いた私の身霊(みたま)を揺らします。
(早く急いで、わが身へと戻らなければ・・・。)
遥かへ翔んでいた私の魂の乱れと共に、私は来た道を、天から真っ逆さまに降りていきました。
私は大王(おおきみ)の宮殿、瑞籬宮(みずかきのみや)で斎売(いつきめ)(神に仕える未婚の巫女。)の見習いとして姉の豊鍬とともに仕えることになりました。
私たちが斎売(いつきめ)とすなることを、大王に言向けされたのは、目妙比米(まくはしひめ)さまです。
目妙比米(まくはしひめ)さまは、瑞籬宮の奥ふかく、衛視に護られ何人たりとも立ち入ることが許されない場所におられます。
我が大王の御世が始まる前から永く目妙比米(まくはしひめ)さまは“その場所”におられると言われています。
“その場所”は、三輪の山の上に天之日神が顕われ、天を翔け二上の女山へと鎮まりあそばれる様を見渡す場所にあるのです。
姉の豊鍬と目妙比米さまのお姿を初めて拝した時のことを、わすれません。
打ち捨てられた白衣(しろきぬ)が輿に載せられているのかと思いました。
その白衣から、萎びた者が姿を現し、人を刺ようなす眼で語りかけて来たのです。
「神の御魂には,四つの魂がある。」
私は驚きのあまりに、声を発せられたのか魂に呼びかけたのか定かではありません。
次の言葉の穂を聞き取るのに焦れるほど時間が空いて、私たちの魂がすっと引き寄せられるのを感じました。
背筋に沿って、なにか熱い炎のようなものが上がっていきした。
「和魂(にぎみたま)・荒魂(あらみたま)・幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)じゃ」
それがどのようなものかが,私たちの心へと直接伝ってきました。
伝ってきたのは、和魂には「親しみの気」荒魂には「勇みの気」、幸魂には「愛しの気」、奇魂には「智しの気」という魂が宿るという意味だったと思います。
「この神御魂を斎きお護りするのが、お前たちの役目なのだ」
まともに目を合わすことさえ覚束ない儘に私たちは、控えの間に下がらせられました。
「目妙比米さまは、人の歳をくろうて生きておられる」とは、口さがない婢女のうわさばなしですが、私たちの周りの空の気の流れごと吸い寄せられて行くのが解りました。
お仕えが、始まりました。
人の音せぬ暁前、私たちは月の姿を映し取る真名の井から、清浄な水を汲み上げます。
二人で水くみした桶を天秤に下げもち、目妙比米さまが座す斎宮へと向かいます。
斎の宮は、楼閣高くにあります。
板張りの長い坂を、ただ息を切らして二人は登っていきます。
雨の日も雪の日も毎日休みなく・・・。
楼閣へたどり着くと、賢木(さかき)の枝をめぐらした柴垣の中に灯明の光が漏れ、風も無くに揺れています。
その灯りに、蹲(うずくま)るように目妙比米さまの坐す白衣が浮かび上がります。
欄干に止まった鳥居の木の飾りが今にも飛び立とうとする風情で、その先の渦巻き状の鴟尾はそれを押しとどめているかのようです。
暗闇の中、祀りとは魂を鎮め、魂を振る場であることを思い知らされます。
上がりの方角(東)に天に掲げるように鏡が一つ。
さらに手前に水をたたえた桶の中に、もう一つの鏡。
鏡の一つは、私たち氏族の祖神・天之日神さまの神魂を映しとったもの。
桶の中のもう一つの鏡は、国魂神さまの神魂を映しとったもの。
桶の水面は、いつも波立っています。
その前へ来ると、私の渟名玉の玉響は大きく揺らぎます。
静謐のなか、魂殯・たまもがりの儀式が始まります。
私たちが汲んできた真名の井の水桶に、国魂神さまのゐます鏡を移し替えるのです。
私たちは、安座し足の裏を合わせ桶を囲み、互いに小さく低く「ぅオ」という音を発します。
長く低く或いは高く「ぅお~~~」と発します。
声の調子が、次第に合ってきます。
一つの声のようになったとき、あれほど波立っていた水面は静かになります。
私たちの胸にかけられている渟名玉も、玉響の揺らぎをやめます。
刹那、空の気が震え、風が啼いて、虎落の笛のような音を立てます。
その騒めきを押しとどめる様に、幣(ぬさ)が振られます。
左・右・前・後・中と幣は振られます。
祓えの儀式です。
目妙比米さまにより、国魂神さまの神魂が桶の中から取り出し天之日神さまの鏡の下へと置かれます。
暗闇の現の中で、天之日神の鏡から大きく燃える火魂が降りていき、鏡の中の不思議な形のものを宙へと引き上げます。
国魂神さまの化身の蛇龍でしょうか?もがいています。
やがて、その姿は鏡の中に消えていきます。
再び鏡は、私たちが汲んできた真名の井の水桶に沈められます。
鏡は再び小さなさざ波を立てながら、暁に染まる樹の柴垣の中で眠りにつきます。
大王の遠征により、多くの国の国魂が座す“その場所”に天之日神さまの降りられる鏡を置きました。
坐すところを失った国魂神さまを鏡に移し、都の斎の宮の大鏡へと斎祀ってきました。
或いは嘆き、或いは憤激した国魂神の神魂は、この地にかって座した那賀須泥の登美毘古の霊を神霊として魂上げしたように鎮められるまで、この儀式は続けられるのです。
私たちの氏族がこの地へやって来たのは、大いなる昔ではありません。
大王や私たちの諡(おくりな)の”いりき“とは、私たちが天之日神の沈み入る所から祖神と共にやって来たことを意味します。
私たちがやって来た以前のこの地の“その場所”には、この地の国魂が祀られていました。
目妙比米(まくはしひめ)さまは、その神を氏族の石凝姥(いしこりとべ)に造らせた鏡に移しとられて鎮めの儀式を行ってこられたのです。
鏡は魂を鎮め、殯(もがり)というお仮屋の役目を果たします。
斎宮の一日は、この時のために費やされるのです。
大王の七年の時、都や国内(くにうち)に異変が続きました。
天之日神がお隠れになり、河が決壊し、地が水浸しになり、百穀が実らず多くの民が疫病に倒れ離反していきました。
大王は、目妙比米さまに三輪山の麓、浅茅原の大磐にて言代(ことしろ)の占問いを、お命じになりました。
目妙比米さまのお力御の一つが、依坐(よりまし・神霊が憑依して宣託を行う)です。
月あかりが輝き、星ひとつ見えない明け前の空にそびえる大きな磐に
大王はこの大いなる禍・祟を取り除くため、姉の豊鍬と私に御杖(みつえ・神や天皇の杖代わりとなって奉仕する者)として其々の神魂を斎祀ることをお命じになりました。
私が大王から一人前の斎売として認められる、初めての仰せだったのです。
私が斎祀ったのは、国魂神でした。
神の魂を運ぶとき、私たちの氏族は青銅(からかね)の鏡を使います。
この鏡は氏族の守護文様を刻み、天之日神の光を受けて使います。
受けた光を神魂に当てると、神魂を鏡の中に封じ込めることができます。
このようにして、私はこの国の地神を統べる大地主大神(オオトコヌシ)と言われた国魂を、市磯邑(イチシノムラ)へと移しました。
そろそろということでしょうね?
下書き状態ですが、完成形へ向けて・・・。
状態を確かめながら・・・。
射干玉(ぬばたま)の闇がどこまでも拡がっていました。
降る雨は邑全体をすっぽりと濡らし、風に乗った潮騒が静寂のの帳を破る夜でした。
タンタンシューットントン、タンタンシューットントン。
刀杼(とうじょ)と呼ばれる織込み箆で織目を締める音。
貫(ぬき)で、上糸と下糸の間に緯糸を通す音。
繰り返される布打ちの音・・・。
兄である意富入来(おおいりき)の為に織っている薄衣の機音(はたおと)と、真脇の海で獲れた海豚(いるか)の灯し油を吸った灯芯草の髄が、焦げて音を立てる音だけが、人の営みを気づかせる夜です。
ジジッジジジジ、ジジッジジジジ。
今宵の能登の邑智の里は、重い湿り気が立ち込めています。
重い雨の帳の中に音無き音となって、四十万の静寂に吸い込まれていきます。
私の名は渟名(ぬな)。
渟名とは、大王(おおきみ・ミマキイリビコ)である父が、私に与えた斎名(いみな・産れた時につける聖なる名)。
渟名とは、川に遊ぶ蒼の羽根を持つしょうびんという鳥の名前であり、神聖な魂が宿るという玉(ぎょく)の意味でもあるのでしょうか?
父の名は、ハツクニシラス・ミマキイリビコ(初めて国を治めた、纒の地のより日沈む処の男)
遠くない昔、大王の将軍たちが、都とこの地能登への道をつなぎました。
兄 意富入杵(おおいりき)は、大王に命じられ国造(王権の派遣・任命する直轄行政官)として能登に赴きました。
失意と焦燥の中にあった私は兄に連れられ、この静かな潟湖が拡がり海へとつながる畔の邑へとたどり着いたのです。
しかしこの地は、未だ人も心もさだまらぬ地で兄の苦労は絶えません。
兄は今も、いまだ祖神天之日神に祭ろわぬ者たちを追って深い森へと分け入っています。
兄の無事を、祈らずにはいられません。
もう直ぐ夏がやって来ます。
兄のために、夏衣を織ってさし上げねばなりません。
空蝉のように透明で、陽炎のように浮き立つ軽い布で・・・。
それは幣(ぬさ)のように清らかでなければいけません。
ひと織りひと織りに、身魂を込め織っていきます。
身魂を織り重ねる事でしか、あの祭ろわぬ者たちの魂(たま)を防げません。
タンタンシューットントン・タンタンシューットントン・・・。
規則正しい音は、「音魂」を招き寄せます。
音魂が震えとなり、祖神(おやかみ)の世界と魂(たま)の橋を架けるのです。
一心に織り祈る時、現(うつつ)という世界は遠ざかり、忘我の縁が意識の中に現れます。
祖神の世界と私の身魂がつながった時、織り込む布の中に祖神の「魂言力(たまことのちから)」が宿るのです。
私の身霊は昊(そら)に浮いています。
機織りをする私自身を見下ろしています。
やがてその姿も現(うつつ)とともに、翳んでいきます。
私はふわりと、揺蕩(たゆた)うように宙へ舞いあがります。
何も感じず何も思わない昊、私すらない昊(そら)へとひたすら昇っていきます。
無数の星のようなものが煌めき、ひときわ輝いて見える輝きの門が見えます。
私は、私を離れたのです。
一心に機を織り続ける私を後に、私の魂(たま)は昊(そら)へと翔けていきます。
ただ闇の中に光り輝く祖神・天之日神の座(いま)す門へと・・・。
(何かがやってくる・・・。)
ふと、私の身魂が揺らぎました。
さざ波のように、あるいは無数の粒のような波紋が私を包み、私を不安にさせます。
身に着けた渟名玉(勾玉)が、玉響(たまゆら・勾玉が触れ合う音)を発しました。
「チリーン、チリーン」
振り返る私の魂に邑の家々が、次々と燃えていく様が映りました。
闇と焔の間(まみま)に黒い影が、踊るように見え隠れします。
衛視は?いつも私の世話をしてくれる加那は?・・・、
地面に長々と横たわる人影が,七つ八つ・・・。
衛視たちの骸しょうか?
兄意富入杵は、まだ遠くです。
嗚呼、人々が逃げまどっています。
黒い影の者たちは、見知った邑の人々を襲っています。
霧のようなものが、黒い影たちを取り巻きうねっています。
あの地を這うような霧を、見たことがあります。
深く心に刻まれた、私の忌まわしげな記憶の中です。
大王が座(いま)す都、磯城瑞籬宮(シキノミズカキノミヤ)でのことでした。
ハツクニシラス(初めて国を治めた)と呼ばれた我が大王は、都からの四方に軍を遣わし多くの国々を従えていきました。
従えた国々の神々たちは、その地の国魂として座していました。
その国魂を斎祀(いつきまつ)らう場所の多くは、遠い遠い昔から大いなる力とつながる場所です。
私には”その場所”が、どのような場所かがわかります。
私の渟名玉(勾玉)は、その場所の揺らぎや響きと共に啼くのです。
チリ~ン・チリ~~ン。
玉響(たまゆら・勾玉が触れ合う音)を、発するのです。
この国の人々は、気の遠くなるような昔から”その場所”を体で感じました。
地の底から湧き出るもの、昊(そら)から降り注ぐものが集まり、大いなる力とつながる場所。
“その場所”とは、そのようなところなのです。
そして“その場所”とは、神が天降ることの出来る場所なのです。
そして”その場所”の揺らぎや響きを渟名玉(勾玉)が、玉響となって移し取り、その身を護ることをこの国の人々は知っていたのです。
大王は、“その場所”に、次々と祖神天之日神を祀らせました。
そして、祀らわれる場所を失った国魂達を鎮めるために、都の御所内に斎の宮をおき祖神天之日神と共に祀りました。
やがて都や国内(くにうち)に異変が続きました。
天之日神がお隠れになり、河が決壊し、地が水浸しになり、百穀が実らず多くの民が疫病に倒れ離反していきました。
大王は占問いを行いました。
降(くだ)された宇気比とは、大王の斎きの社へと次々と祀られていく国魂神と氏族の祖神の「魂言力(たまことのちから)」が崩れおち、鎮めていた禍津日(マガツ日・災厄)や祟(たた)りが漏れ出したことを伝えるものでした。
チリーン。
何度も玉響が、私の身魂への警告を発します。
宙に浮いた私の身霊(みたま)を揺らします。
(早く急いで、わが身へと戻らなければ・・・。)
遥かへ翔んでいた私の魂の乱れと共に、私は来た道を、天から真っ逆さまに降りていきました。
私は大王(おおきみ)の宮殿、瑞籬宮(みずかきのみや)で斎売(いつきめ)(神に仕える未婚の巫女。)の見習いとして姉の豊鍬とともに仕えることになりました。
私たちが斎売(いつきめ)とすなることを、大王に言向けされたのは、目妙比米(まくはしひめ)さまです。
目妙比米(まくはしひめ)さまは、瑞籬宮の奥ふかく、衛視に護られ何人たりとも立ち入ることが許されない場所におられます。
我が大王の御世が始まる前から永く目妙比米(まくはしひめ)さまは“その場所”におられると言われています。
“その場所”は、三輪の山の上に天之日神が顕われ、天を翔け二上の女山へと鎮まりあそばれる様を見渡す場所にあるのです。
姉の豊鍬と目妙比米さまのお姿を初めて拝した時のことを、わすれません。
打ち捨てられた白衣(しろきぬ)が輿に載せられているのかと思いました。
その白衣から、萎びた者が姿を現し、人を刺ようなす眼で語りかけて来たのです。
「神の御魂には,四つの魂がある。」
私は驚きのあまりに、声を発せられたのか魂に呼びかけたのか定かではありません。
次の言葉の穂を聞き取るのに焦れるほど時間が空いて、私たちの魂がすっと引き寄せられるのを感じました。
背筋に沿って、なにか熱い炎のようなものが上がっていきした。
「和魂(にぎみたま)・荒魂(あらみたま)・幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)じゃ」
それがどのようなものかが,私たちの心へと直接伝ってきました。
伝ってきたのは、和魂には「親しみの気」荒魂には「勇みの気」、幸魂には「愛しの気」、奇魂には「智しの気」という魂が宿るという意味だったと思います。
「この神御魂を斎きお護りするのが、お前たちの役目なのだ」
まともに目を合わすことさえ覚束ない儘に私たちは、控えの間に下がらせられました。
「目妙比米さまは、人の歳をくろうて生きておられる」とは、口さがない婢女のうわさばなしですが、私たちの周りの空の気の流れごと吸い寄せられて行くのが解りました。
お仕えが、始まりました。
人の音せぬ暁前、私たちは月の姿を映し取る真名の井から、清浄な水を汲み上げます。
二人で水くみした桶を天秤に下げもち、目妙比米さまが座す斎宮へと向かいます。
斎の宮は、楼閣高くにあります。
板張りの長い坂を、ただ息を切らして二人は登っていきます。
雨の日も雪の日も毎日休みなく・・・。
楼閣へたどり着くと、賢木(さかき)の枝をめぐらした柴垣の中に灯明の光が漏れ、風も無くに揺れています。
その灯りに、蹲(うずくま)るように目妙比米さまの坐す白衣が浮かび上がります。
欄干に止まった鳥居の木の飾りが今にも飛び立とうとする風情で、その先の渦巻き状の鴟尾はそれを押しとどめているかのようです。
暗闇の中、祀りとは魂を鎮め、魂を振る場であることを思い知らされます。
上がりの方角(東)に天に掲げるように鏡が一つ。
さらに手前に水をたたえた桶の中に、もう一つの鏡。
鏡の一つは、私たち氏族の祖神・天之日神さまの神魂を映しとったもの。
桶の中のもう一つの鏡は、国魂神さまの神魂を映しとったもの。
桶の水面は、いつも波立っています。
その前へ来ると、私の渟名玉の玉響は大きく揺らぎます。
静謐のなか、魂殯・たまもがりの儀式が始まります。
私たちが汲んできた真名の井の水桶に、国魂神さまのゐます鏡を移し替えるのです。
私たちは、安座し足の裏を合わせ桶を囲み、互いに小さく低く「ぅオ」という音を発します。
長く低く或いは高く「ぅお~~~」と発します。
声の調子が、次第に合ってきます。
一つの声のようになったとき、あれほど波立っていた水面は静かになります。
私たちの胸にかけられている渟名玉も、玉響の揺らぎをやめます。
刹那、空の気が震え、風が啼いて、虎落の笛のような音を立てます。
その騒めきを押しとどめる様に、幣(ぬさ)が振られます。
左・右・前・後・中と幣は振られます。
祓えの儀式です。
目妙比米さまにより、国魂神さまの神魂が桶の中から取り出し天之日神さまの鏡の下へと置かれます。
暗闇の現の中で、天之日神の鏡から大きく燃える火魂が降りていき、鏡の中の不思議な形のものを宙へと引き上げます。
国魂神さまの化身の蛇龍でしょうか?もがいています。
やがて、その姿は鏡の中に消えていきます。
再び鏡は、私たちが汲んできた真名の井の水桶に沈められます。
鏡は再び小さなさざ波を立てながら、暁に染まる樹の柴垣の中で眠りにつきます。
大王の遠征により、多くの国の国魂が座す“その場所”に天之日神さまの降りられる鏡を置きました。
坐すところを失った国魂神さまを鏡に移し、都の斎の宮の大鏡へと斎祀ってきました。
或いは嘆き、或いは憤激した国魂神の神魂は、この地にかって座した那賀須泥の登美毘古の霊を神霊として魂上げしたように鎮められるまで、この儀式は続けられるのです。
私たちの氏族がこの地へやって来たのは、大いなる昔ではありません。
大王や私たちの諡(おくりな)の”いりき“とは、私たちが天之日神の沈み入る所から祖神と共にやって来たことを意味します。
私たちがやって来た以前のこの地の“その場所”には、この地の国魂が祀られていました。
目妙比米(まくはしひめ)さまは、その神を氏族の石凝姥(いしこりとべ)に造らせた鏡に移しとられて鎮めの儀式を行ってこられたのです。
鏡は魂を鎮め、殯(もがり)というお仮屋の役目を果たします。
斎宮の一日は、この時のために費やされるのです。
大王の七年の時、都や国内(くにうち)に異変が続きました。
天之日神がお隠れになり、河が決壊し、地が水浸しになり、百穀が実らず多くの民が疫病に倒れ離反していきました。
大王は、目妙比米さまに三輪山の麓、浅茅原の大磐にて言代(ことしろ)の占問いを、お命じになりました。
目妙比米さまのお力御の一つが、依坐(よりまし・神霊が憑依して宣託を行う)です。
月あかりが輝き、星ひとつ見えない明け前の空にそびえる大きな磐に
大王はこの大いなる禍・祟を取り除くため、姉の豊鍬と私に御杖(みつえ・神や天皇の杖代わりとなって奉仕する者)として其々の神魂を斎祀ることをお命じになりました。
私が大王から一人前の斎売として認められる、初めての仰せだったのです。
私が斎祀ったのは、国魂神でした。
神の魂を運ぶとき、私たちの氏族は青銅(からかね)の鏡を使います。
この鏡は氏族の守護文様を刻み、天之日神の光を受けて使います。
受けた光を神魂に当てると、神魂を鏡の中に封じ込めることができます。
このようにして、私はこの国の地神を統べる大地主大神(オオトコヌシ)と言われた国魂を、市磯邑(イチシノムラ)へと移しました。
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