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2012年10月19日

「まさか!」と言う坂

「まさか!」と言う坂

人生の中で登らなければいけない坂、降りなければいけない坂、・・・・いろいろな坂がありますよね。

その中に「まさか」と言う坂もあるということを、お話したいと思います。

オトンが亡くなり、当然のことながら遺産と言うものが残りました。

この遺産、形がすっきりしていればよいのだが・・・・。

「まさか、自分の子供たちが・・・・・」とキチンとしたかたちを示さずに逝ってしまいました。

まさに、「まさか!」が興ったのです。

自分が担当していた温泉をはじめとするすべての遺産が相続の対象となりました。

多くの場合、この争いので負けるのは実家の方です。

それは、その多くが不動産と言うものに依存したり運用している生活体系であるからです。

権利を主張されると、生活権や人生設計が取引や駆け引きの材料に使われます。

「権利」というものの前に、ひざを屈することとなるのです。

なんせ、権利を主張する相手は、生活の心配なしに自らが築き上げたものでもない財産の権利を主張する「とみくじ」の当たったようなものでしょう。

沖縄も「門中」という閨閥関係が本土以上に色濃く残っている土地柄で、それが相続にも大きく影響を及ぼすという記述を見かけたことがあります。

私の考えは、その財産のうち自らが築いた物でない限り、それは預かる若しくは託されたもので己の権利に付託されたものではないということです。

敗戦を機に、地主など特権階級を生み出していた社会構造を破壊したのがGHQだと理解しています。(財閥解体・不在地主)

同事に、価値観も含め副作用的に社会が大きく変わっていったのも理解するところです。

反論するのではありません。

不労所得に対する権利の主張の仕方が、心に引っ掛かったのです。

遺産の分捕り合戦と捉える土壌に、乗りたくない自分がいます。

それは、自分の人生のこれからの降り方ということに思考のベクトルが向いている私にとって大きな選択肢を示されたような気がしているからです。

遺産を受け継ぎ、それで自分の人生を何食わぬ顔で悠々と装って過ごされている方もいるでしょう。

おとん名義の財産からの決別を前提に、「遺産争い」というステージからの離脱を決意し嫁はんや子供たち、おかんにも了解を得ました。

今日朝、温泉のスタッフの方々とも最後のミーティングを済ませ、後を託する責任者の方(ハニカム計画のために育成中)への引き継ぎの儀式を済ませてきました。

3年前、事業を閉鎖しようと乗り込んだ温泉事業は(この温泉を必要とする人たちのため)継続の責任(採算面も含め)はきちんと果たしてバトンタッチできたことに、今日の日のように(晴れ渡った清々しさ)さえ感じて温泉を後にしました。

貼れて、足かせになる部分をすべて切り捨て同じ権利者として「遺産分割」のステージにあがります。

目的のために負ける・屈する・頭を下げるという選択肢は、私にはありません。

相手が、私たち家族の生活基盤と言う侵したらいけないものにまで、手のひらに乗せ分割の協議に加わらず兵糧攻めのような所業に及んだことの「精神の稚拙さ」にどうにも我慢が出来ないのです。

想ってもしたらいけないことがあると思います。

いくたの「まさかと言う坂」がありました。

しかし、オトンが亡くなる前から周到に用意されたシナリオで、オトンの死以後悲しみの涙さえ流させなかったことに深く深く深く憤りと悲しさが残りました。

オカンはまだ生きている。

オカンが死んだときは、せめて悲しみの涙を流させてほしいと思う。

罪なのは、自らの行いがどれほどの人への思いやりや配慮に欠けたことであるか自覚なしに行ってしまったことなのです。

それが、悧巧とか上手とは言わせない。

自分の築いてきたものの中で、生きて行こうとする自分がいます。

その生きていく自信は、親や先祖のおかげですでに身についていると確信してのスタートです。

わたしは、それが「遺産」だと信じて疑いません。

それが私の生き方で、自分の人生の「降り方」なのです。

理解を示してくれた嫁はんには感謝。

きっちり、責任と義務は果たします。

遺産の放棄ではありません。

闘うための布陣を敷いたにすぎません。

ただし、そのことの先に何が待ち受けるかも想定内の重い決断も私の中にはあります。

勝ち負けではなく、「価値観」での主張の場にはなるでしょう。

このような不毛の争いに、勝ち負けはないのです。

私に残された健康で幸せに、自分の人生を歩む時間は10年と残されていないのです。

オトンの死にざまが、フクシマの事故が自分の今後の「生」の行き先を決定づけました。

無駄なことに時間を割かない、自分の知恵です。

人の価値観まで、指図や非難するつもりもありません。

私の価値観は、曲げません。

それだけです。

「まさか!」という坂は、そうやって昇るしかないと思っています。





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Posted by yo1 at 13:04│Comments(2)日記
この記事へのコメント
簡単にはコメントできない内容ですが、なにかコメント残したくて。
言葉足らずで申し訳ないです。

「なんというか・・・応援していますから」
Posted by ★うずまきk at 2012年10月20日 04:23
コメント文章の中に、貴女がつたえたかったものがかんじられたような気がしました。

ありがとうね。
Posted by yo1yo1 at 2012年10月20日 07:35
 
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