
2013年05月18日
5月18日の記事
加賀藩には加賀八家と呼ばれる八人の大名家老(年寄役・人持組頭)がいました。
加賀藩筆頭家老の本多家(加賀八家)の祖、本多政重は徳川家康の重臣本多正信の二男で、上杉家の家老直江兼続(与板城)の娘婿になるそうです。
どうも、父方も母方も、三河時代の前田家の家臣につながるようです。
我が家のルーツ自慢ではありません。
投稿記事の本題は、ここからです。
“本多さん“という前田のお殿様が鷹狩など赴いた時の休憩所を持っていた(近年、あっさりつぶされました。)お宅から私の祖父が70~80年年前に1株の未草(ヒツジ草・スイレン)を株分けしてもらいました。(本多さんの家系は、加賀八家の筆頭本多家につながります。)
そのヒツジ草は、前田の殿様が庭の泉水で愛でたという、いわくつき。{この項は過去記事にしています}
以来、我が家の三度の転居にもかかわらず現在私の手でこのヒツジ草は守られています。
由来がわからなくなれば、ただのスイレンですが、わかっていると少し気構えが違うものです。
そのヒツジ草(万葉名称使います。)が、根が広げられなくなったか何かの原因で、自ら根を切って子孫を他の水域に流す作業を始めたような・・・・。
何日か前から気づき、他の火鉢に採取してあります。
1株づつ、ミニポットに植え今夏大切に育てます。
命はつながなければいけません。
1昨年、沖縄のブログ友(めちゃくちゃ歴史好き)に宅急便で送りました。
前田家ゆかりのヒツジ草が、今頃一足早く咲き始めているでしょう。
琉球に、前田家ゆかりのヒツジ草が咲くって、ロマン。
我が家は、葉が水面にぽかり浮いてくる状態。
この2日で、作業を終える予定。


加賀藩筆頭家老の本多家(加賀八家)の祖、本多政重は徳川家康の重臣本多正信の二男で、上杉家の家老直江兼続(与板城)の娘婿になるそうです。
どうも、父方も母方も、三河時代の前田家の家臣につながるようです。
我が家のルーツ自慢ではありません。
投稿記事の本題は、ここからです。
“本多さん“という前田のお殿様が鷹狩など赴いた時の休憩所を持っていた(近年、あっさりつぶされました。)お宅から私の祖父が70~80年年前に1株の未草(ヒツジ草・スイレン)を株分けしてもらいました。(本多さんの家系は、加賀八家の筆頭本多家につながります。)
そのヒツジ草は、前田の殿様が庭の泉水で愛でたという、いわくつき。{この項は過去記事にしています}
以来、我が家の三度の転居にもかかわらず現在私の手でこのヒツジ草は守られています。
由来がわからなくなれば、ただのスイレンですが、わかっていると少し気構えが違うものです。
そのヒツジ草(万葉名称使います。)が、根が広げられなくなったか何かの原因で、自ら根を切って子孫を他の水域に流す作業を始めたような・・・・。
何日か前から気づき、他の火鉢に採取してあります。
1株づつ、ミニポットに植え今夏大切に育てます。
命はつながなければいけません。
1昨年、沖縄のブログ友(めちゃくちゃ歴史好き)に宅急便で送りました。
前田家ゆかりのヒツジ草が、今頃一足早く咲き始めているでしょう。
琉球に、前田家ゆかりのヒツジ草が咲くって、ロマン。
我が家は、葉が水面にぽかり浮いてくる状態。
この2日で、作業を終える予定。


Posted by yo1 at 12:17│Comments(0)